自しょう(手やうでを切ること、くすり)が止められない

できるようにしたい・できない/生き方をきく////
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止めろと言いません。自分(こた・COTA)の考えでは、すぐに死ぬわけでもないし、そうすることで生きることができる場合がある。自分なりに生きてきて、こうして勇気を出してたよろうとしてくれた人に対して、分かったような立場でいることは一番しつれいだと思っています。

なんでやめたくてもやってしまうのか

やめたくてもやってしまう、こころの「あまさ」とかっていうのも他人とくらべた見方で、本人の心は苦しいものは苦しいというその人しかわからないものです。たったそれだけが死ぬほどつらかったりする。

本人なりに自分と向かい合ってきたわけで、そこで表面のことだけやめろというのはよけいに追いつめると考えます。きっとほしいのは、やめろとかダメだというひていじゃないから。

問題は本人のこころの深いところにある部分をほぐすこと。みのまわりのこととかを変えるのがむずかしいなら、気をまぎらわせられるような事を何ができるかだと考えています。

よくするためには「見てもらう」ということ

その時々で引き続きぶつかった問題やなやんだこと、くるしいことを送ってきてください。お返事できるかわかりませんがInstagramなどのSNSで日々の日記のアカウントを作ってくれてもいいと思います。もちろんCOTA(こた)よりも見せたい人がいればそれでもいいし、他の人にだとむずかしそうだったり、だれかが思い当たらなかったらそれをCOTA(こた)とのアカウントにしましょう。

自分をきずつけるくらいの あつい気持ちはオレにとってはすてきなことです。いろんな方向に行ってしまうと何が正しいかわからなくなってしまうのでオレからはなれないでいてくれたら、というじょうけんはついてしまうけれど。だいじょうぶ

解決方法のひとつとしては現状をそのまま見てもらう個別のSNSアカウントを作ってフォロー・フォローバックしておいていただけたらいいかなと思っています

COTA のInstagramやThreadsなどのSNSを見せる先として使ってみてください

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