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    推薦文

    文章の例

    下記は紹介文の例です。書き方は様々ですので、あくまでも参考までにご参照ください

    • 友達に負けない大切な存在 – 無用と呼ばれ生命線になったトンネル

      人間関係がうまく気づけず苦しい。自分はおかしいかもしれない。そう思った時に見て欲しいものがあります。

      まっすぐで均等な都市

      私COTAが小学校4年生の時に地元の電車に乗っていたら隣に座っていた同い年くらいの男の子が「なんで電車はカーブしてるの?まっすぐ引けばいいのに。頭悪いよね」とお母さんと見られる人に話しかけていました。その頃COTAは地形にも興味を持ち始めていた頃で、その言葉に強い違和感があったものの、うまく説明できませんでした。

      また大人になってからも都市の話をした時に、無駄な場所を更地にして使いやすいようにしちゃえばいいという考え方に触れたことがあります。例えば森ビルのやっているヒルズはまさにそういったことを具現化しているわけですが、それは違和感だけでなく嫌悪感があります。

      もし全てが平坦でまっすぐに伸びた電車や道路があり、一つの場所に全部が集約されたビルが等間隔にあったとして、それは本当に機能的と言えるでしょうか?

      今回訪れた青森・平川市の盛美園には日本庭園があります。縦横に並べたり左右対称に見せるグリットを基本とした西洋の庭園と違って、日本庭園は一見すると人が作ったものとは思えないように感じられるものです。

      これはそもそも世界の主役となるものが人間にあるか、自然の中に生きさせてもらっている人間かという人間の在り方の違いを表しているようにも思います。そしてパッと見ただけでは分からないものの、庭園を一周すると様々な見せ場やストーリーが込められていることに気づきます。

      木が太陽を受けて成長し、水が流れて川となり、池には鯉が泳ぐ。全てが有機的なものの上にあり、あるいはそれを模しています。日本は他国と比べても地震や津波、土砂災害や台風など自然災害の多い部分と、豊かな自然からたくさんのものを受け取って生きて来ました。

      今のエコやSDGsなどをいうまでもなく、自然には抗えないという前提があるように思います。だから街の区割りも古くから変わらないまま更新されて来ている。それは結果的にそうなっているだけと言われればその通りですが、無意識に大切な部分を守り抜いた、その結果が今世界から評価される日本文化に繋がっているように思えてなりません。

      だから冒頭で小学生が言っていた発言に、今なら答えられるような気がします

      六本木の街を歩いて話ました
      ブロックチェーンと未来の痕跡
      ブロックチェーンと未来の痕跡

      居眠りをしなくても破壊する議員を選ぶのか

      最近目につく政治の話では、裏金問題や居眠り議員に矛先が向かっていて、批判の声こそあちこちで聞くようになったものの、ではどうして未来を作っていくのかという話に関しては耳に届きません。

      確かにそう言ったお金や向き合う姿勢というのは良い方が信頼できます。ただ本質的に言えば日本の議会は読み合わせが前提となっていて、それを構造的な問題ということもできますが、そこも背景となる理由があります。少なくとも表面上の議員や政党の問題で終わりにするのは浅はかです。

      成熟した社会において、無駄をあぶり出すことに執着していくと危険な落とし穴があります。それは未来を閉ざしてしまうという可能性です。

      目の前のお金の帳尻を合わせることも大切ですが、そこばかり気にしていて大きな挑戦を妨げたり、あるいは(癒着などの悪い面もありますが)お金では代えられない築いて来た繋がりを切ってしまうのは、将来に大きな損失をもたらせてしまう可能性があります。

      個人的な感覚として政治家というのは元々お金に執着があるものだと感じます。批判する政治家たちも新たな発想や提案を置いてけぼりにしてまで裏金への指摘がしつこいのも、お金に執着していることへの裏返しではないかと思います。ちょっと過激な思想と思われても仕方ありませんが、破壊されてしまうくらいなら適切な方向に導いてくれるのであれば、金を多少は多めに持っていってくれてもいいとさえ感じることもあります。

      何万円の単位の指摘に、数千億円の可能性を決しているのでは損をするのは国民の方です。政治家以外もそうやって時間をかけて監視しているのであれば、建設的な方向に持って行ったほうがましでしょう。

      かつて新幹線は「無駄」だった

      こう話しているとCOTAは「無駄」を価値と見ているようなおかしな人として映ることでしょう。実際その通りです。なぜなら無駄が安心と未来を与えてくれるからです。

      今回訪れた青函トンネルは建設時にはすでに飛行機で本州と北海道の行き来ができていて、危険でお金もかかるトンネル建設には「昭和三大馬鹿」、「無用の長物」、「泥沼トンネル」と批判を受けました。しかし現在は第二青函トンネルの建設が要望されているだけではなく、鉄道用のトンネルだけでも貨物輸送と新幹線で手一杯の状況です。

      そもそも「新幹線」というものこそ、今では海外でも Shin-Kansen として特別な電車として認知されるようになっていますが、最初の建設にあたっては風当たりが強いものでした。当時は自動車が台頭しており、アメリカでは速度の遅い鉄道は将来性がないものとして次々と廃止されていました。それは日本人も同じで、自動車や飛行機が出てきた中で鉄道に未来を感じた人は少なかったのでしょう。鉄道を高速化させようという発想もなかったわけです。

      しかし今は自動車を上回るスピードで効率的で省エネルギーな乗り物として技術革新を重ね、鉄道は日本で最も利用されている交通手段になっています。これらは今でこそ当たり前の光景ですが、当初は想像もできなかったわけです。

      以前のオタク展の話の中に建築家の磯崎新先生がコントロバーシャル(矛盾)と言って、「いい!」と思う人と「ダメだ!」と感じる人が両方いる考えや状況こそが未来を作っていく可能性があるという話をしていました。

      以前お話ししたオタク展とは?
      恥ずかしさが楽園の都市を産んだ
      恥ずかしさが楽園の都市を産んだ

      みんながダメだというものは当然ダメですが、全員がいいと思うものは発展の可能性がないわけです。だから「無駄」とか「嫌悪」と言った状況が一緒にある場所から未来というものは作られてきました。

      本当に無くしていいのか

      似たような「無駄」についての話として、過疎地域の鉄道の廃線の問題があります。これはもはやみんなの共通認識として「問題」にもならなくなって来たと思います。COTAも利用者がいない路線に民間企業がコストをかけて走らせることはおかしいと思います。

      それよりも根本的な問題として、運営方法がそれでいいのだろうかと思っています。ジェイアールという民間企業が走らせてる路線も、かつては国鉄として国が運営していました。それが民営化したのには当然の経緯がありました。

      ただその国鉄というのは独立した組織で、全国各地の地方の誘致運動に利用されて人の乗らない路線が増やされていた一方で、その組織単体での意思決定がほとんど反映されず、新しいことへの挑戦も許されず、借金だけはさせるという背景がありました。

      国鉄時代の車両とCOTA

      民営化によってサービスがよくなったという声も聞かれましたが、言ってみれば詰んでしまう状況を作っておいて、限界が来た時に民営化をさせたところもあるわけです。

      かつて日清戦争や日露戦争の時代には鉄道の重要性が説かれ、各地に散らばっていた民間の路線を国が一体して経営するに至った背景もありました。戦車の輸送を行うには道路は限られており、また輸送効率も悪く、国の安全保障的にも重要でした。

      改めて、いまは戦争だけでなく地球環境問題や少子化などの問題が出て来た時に構造を変えることなく今見えている部分だけで無駄と切り捨ててこのまま無くすだけでいいのかという余地はあるだろうと思うわけです。

      津軽線の廃止区間に思う

      乗車した津軽線は2022年の集中豪雨によって蟹田駅から先の終点・三厩までが運転見合わせになっています。この代替手段として、すでに実証実験が始まっていた「わんタク」にその輸送を任しています。

      訪れた龍飛崎は初めての訪問でした。地元の方からすれば自動車の方が便利な地域であっても、どうしても他の地域からの観光となると鉄道というのは無類の安心感があります。

      これは単に自分の思い入れだけではなく、たとえば地図ではわかりやすく表示されること、タクシーはもちろんバス以上に鉄道の場合は国によってダイヤ(電車の本数)の届出を事前に行なっていて容易には改変できないことなどもあります。

      レンタカーやカーシェアで観光できることは事実ですし、そのほうが事前に決めておいた場所をより多くのところを回れることもあります。ただ電車に乗っていると地元の人の会話が聞こえてきたり、思わぬ発見をすることが多いものです。

      北海道の夕張では、鉄道の廃止を自治体の要望で早めた取り組みで話題となりました。公共交通でもバスの方が中心地(札幌)への直行も確保でき利便性が高いため決定したわけです。ところが2024年9月に夕張・札幌直行便は廃止となりました。2019年から5年ほどの利便性でした。

      この区間は北海道庁の鉄道廃止の方向性もあって、いずれにせよ廃止は決定していた区間ではありますが、このようなことはここに限らない話です。

      最近の成功例

      逆の例として最近だと宇都宮ライトレール(LRT)の話があります。路面電車の走っていない自動車社会の宇都宮に路面電車を走らせることになりました。これは私COTAも生活として鉄道が定着していない地域で「長期戦に耐えられないと厳しいだろう」と思っていました。

      宇都宮はただ走らせるだけでなく、富山市の成功を見たのでしょう。交通形態そのものを再編させる意気込みで取り組んだのです。地元バス会社の反対や一時は政権が(「民意なきLRT導入を阻止する会」などの)民主党に変わって絶望的な状況にもなったものの、粘り強い交渉や詳細な設計を続けて2023年8月に開業させます。

      宇都宮と芳賀結ぶLRT 累計乗客数500万人超に 沿線活性化で高まる延伸への期待
      宇都宮と芳賀結ぶLRT 累計乗客数500万人超に 沿線活性化で高まる延伸への期待

      その結果、開業1年後の9月には想定の利用客を超えて500万人を突破。むしろ輸送力確保のための増発がされ、現在のところ大成功となっています。

      日本の鉄道の民間→国営→民間という流れ

      1906年・明治39年鉄道国有法に公布され、地に散らばっていた私鉄(民間鉄道)の多くを国が保有する国鉄に集約します。これは国の安全のためでした。

      1949年・昭和24年には日本国の鉄道省から分離され公共企業体として発足したものの、根幹は国が決定していました。戦争引揚者の雇用対策で大量採用し人件費が上昇するなどして赤字経営に転落します。

      しかし国鉄は国から他業種への参入も認められず、しかも全国の自治体から利益誘導の政治的な活動によって赤字路線の量産をしなければいけない状況が続きます。それでも補助金は交付せず借金をさせ、国鉄の赤字を急速に拡大させ取り戻せない状況に陥ります。民営化が決定したものの、北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州のエリアのジェイアール(JR)に分けられ分断を招いています。

      国外では都市内の交通を民営企業が行い、都市間交通は国が整備する形が多くとられています。全てを民営化した日本では結果的に都市で得た収益を地方で消耗する形となり、利益確保のため地方路線の廃止を進めざるを得ない状況が生まれているわけです。

      企業としては収益にならない部分をやめていくことは当然ですが、特に都市間・広域的な鉄道のネットワークは全体で完成する意味が強いため、その一部の廃止というものが国全体の血流を悪くさせることになります。有事の際の物資輸送や避難など代替ルートとしても利用できなくなります。

      友達や同僚に負けないくらい大切な存在がある

      人間関係は横のつながりにおいて苦しめられやすく思います。そこで過去を見つめ、未来を向くことはそう言った人間関係のしがらみも軽くして世界を明るい方向へ導いてくれる可能性を秘めていると思っています。

      あなたを形作って来たのは友達などの繋がりもあるかもしれませんが、しかしおばあちゃん、ひいおじいちゃんと代々繋がっていることは確かです。

      高いところに登ると遠くの景色がよく見えます。当たり前のことですが、本当に当たり前にできているでしょうか?

      過去を振り返って見ると、無駄と思ったことも新しい未来を作ってきた経緯があって、たとえばあなたがあなたである理由と言った本質的な部分が見えてきます。それは人間だけでなく街も、政治も同じかもしれません。

      ツリガネニンジン

      言ってみれば生きるということも極端な話では無駄です。食べ物を食べて、排泄をして、動いて寝ての繰り返し。無駄を全て省いていくとどうなるか。それこそ人間としての営みも消えてしまうだろうと思うわけです。

      ここでいう無駄とは誰かに対するマウントを取ったり、悪意を込めて動くことではありません。それは良心や正義感の裏返しであって「無駄」とも違うからです。

      歴史と睨めっこしなくても、画面との睨めっこをやめて遠くを見つめているだけで見えてくるものもあるかもしれません。遠くを見てみませんか?

      未来の種を蒔いていくために

    • 恥ずかしさが楽園の都市を産んだ

      2004年ごろ、秋葉原は趣味の都としてその活況は凄まじいものがありました。20年を経た2024年現在は趣味の街というよりはコンセプトを持った観光都市になっています。今回映像で引用させていただいたフォーラムやその元となった展示は過去のものであり、20年を経過した発言を取り上げて、これは正しかった、これは間違いだったなどという粗探しをして主張することは批評家気取りであれば誰でもできることです。

      特に昨今は失敗を恐れるがあまりなのか以前より日本人の試行錯誤への活力が減っているようにも思う中で、自分の主張のために他者を否定的に捉えれば、これからを切り開く人たちを萎縮させかねません。だからここでは基本的に当時の視点で、そして私が触れたことを取り上げます。

      2004年 イタリアのヴェネチア・ビエンナーレで「オタク」を掲げた展示がなされました。当時おそらく欧米にとって逆黒船襲来というべきか、それが性的な部分を併せ持っているだけでなく、その性的な部分も判断基準の異なるものが出現し、相当な戸惑いを与えたのかもしれません。

      日本国内や海外でも状況を知る僅かな人はその「オタク展」での出現までの背景があり、そこにはそれまでヴェネチア・ビエンナーレでコミッショナーを務めた建築家の磯崎新さんはじめとするここまで日本を引っ張ってきた存在の創造性や功績によるものが大きいことが、今回の映像のフォーラムの内容からも伝わると思います。

      映像中のフォーラムは2005年、このオタク展の凱旋展示として東京都写真美術館のホールで開催されました。私 COTAは風邪をひいていたもののこれ以上の機会はないという気持ちから、友達に何の事前説明もせず強引に会場へ引き込みました。会場となる美術館に叱られても構わない覚悟のもとで、写真を撮りマイクと収録機材を座席に設置して聴いていました。そんな人は他にいなかったので相当目立っていたものと思いますが、東京都写真美術館が広い心だったのか呆れられたのか、あるいは無敵の人と見られて何らかの報復を恐れられて触らぬ神に祟りなしとされたのかは分かりませんが、とにかく咎められることもなく収録していました。

      フォーラムは結果的に、建築・空間・都市デザインだけでなく、オタクの地位、今の多様性に至る人格・文化といった視点をあったように思います。

      故・磯崎新さんは自らがオタクではない中で、将来を不安視する質問者に対して、考えうる時間軸を含めた全方位とも言える角度からフォローするという平和で思いやりに溢れる伝説の空間となったと思っています。そしてこの磯崎さんの姿勢に建築とは人だなと感じました。

      それはちょうどCOTAが思春期であったことも影響するかもしれません。しかしそれ故に、自分が着想することについてどんな角度からもこのフォーラムで語られたことにつながってしまうため、いつどうやって引用するか、これが他の人にも知っていてほしい宝物のようなものであるが故にどんな時に紹介することが効果的だろうかなどと考えているうちに気づけば20年という月日が経過していたわけです。

      しかしCOTA自身もまた考えや受け止め方に変化があり、「説明を増やして体裁を整えたものが必ずしも伝わるわけではない」というこのオタク展の展示様式そのものに立ち返るに至り、ちょうどビエンナーレから20年が経ったいま、ここに引用したいと思いました。

      映像の題材が建築ではなく「表現」であること

      本来であればこれは建築展であり、建築家の磯崎新さんや、展示責任者(コミッショナー)の森川嘉一郎さんが作り上げたように、建築か都市といった文脈で紹介するのが自然な流れだと思います。

      しかし、私COTAが映像で導いていたことは「表現の規制」や「クリエイターが引っかかった時のヒント」として紹介しています。

      改札
      秋葉原駅改札前のポスター。踏み絵といわれていた

      これは「表現」という行為が、建築や都市、人格のすべての礎・源流となる最も大切な部分、根幹に含まれていることだからです。日本がヴェネチア・ビエンナーレの建築展で建築そのものではなく文化を紹介しているように、都市や建築といったものが1つの作品で完結するのではなく、その土地の文化や人格を意識するものであるといった上にあるように思っています。

      さらにこれに私が紹介する意味を持たせるなら、「引用」という形にする以上は異なった視点・当人の興味あるものから始めたかったからです。当時とは変化している一方で、この先変化していっても大切な部分がこの中に秘められていると信じていて、ただ建築や都市デザインだけの文脈で過去のこととしてのみ取り上げることはできませんでした。

      「大手企業が開発を行う資本主義的なものと並列して、趣味色の強いものが並行して存在する」という段階がさらに時間経過した先にある今の問題としても表現は切り離せません。

      2004年から20年経ったいま、この時に森川さんが「色んなものが並行的になる」と言っていたこと、つまり多様性は先進国を中心に人間関係の前提として定着してきています。これはマイノリティの人格圏の形成というインターネットによる功績もあるだろうと思いますが、同時に多様性が広まって共通認識とできた結果として、インターネットのサービスに「おすすめ」や行動履歴に基づいてその人から好まれるものばかりを表示することで、異なる視点のことに無関心になってしまうフィルターバブルという現象。あるいは、同じ価値観のコミュニティにばかり浸っていることで異なる意見が排除されるエコーチェンバーといった問題も多くの人の意識の中で芽生えてきました。

      しかしこれらはの現象はまさにフォーラムのあった2005年に発売された18禁ゲーム「最果てのイマ」でシナリオライターの田中ロミオ氏が表現している。「聖域」(自分達のコミュニティ)を作った人類は滅亡の危機を前にしても一枚岩となれずに苦しむという。まさに現在の現象がノベルゲームの前提条件として描かれていました。

      少し強めに言ってしまうと、自分を殺してでも人としての尊厳(常識)を守るのか、自分の大切な聖域(人格)を守るのか。常識を守り過ぎればそれは人格を薄める。薄められた人格は、その人がその人として生きる特有の部分を無くしてしまう。すなわちネットワーク上では価値が薄く消されていくことになる。そのグローバルになったからこその葛藤というのは作品を展示したりイベントを開催するアーティストまで行かなくても、人によってはすでに個人レベルでSNSや配信サイトなどで経験している人もいると思います。そしてAI(人工知能)によってその傾向は強まるのかもしれません。

      今回一番取り上げたかったことは2005年のオタク展のフォーラムであって、ここから先の未来への思考(COTAの解像度の粗い妄想)を含めると、真剣に見てくれる人ほど混乱を招きかねないと思いますので、今後表現していきたいと思っています。

      いじみくも2024年現在、森ビルのヒルズ(虎ノ門ヒルズ)が行き詰まっているようです。COTAは2005年の段階でオタク展のフォーラムに興味を向けていたように。平成中期の匂いがする設計図をもとに量産しているように見受けられたヒルズも、現在の状況も彼らの台本通りであって、私のような平民には気づけていないさらに上層レイヤーの戦略が森ビルにはあって、この失墜も今後の展開のための演出の一つだとも信じたいと思います。

      とにかく私にとっては1983年ごろにはすでに意図的な廃墟を建築した磯崎新先生と比べると、都市と建築の役割をごちゃごちゃにして都市の魅力を潰していることを今の森ビル・ヒルズから感じ、それについては数年前に六本木の街を歩きながら「六本木ヒルズ」と「東京ミッドタウン」を比べて話している記事と動画を掲載しています。

      コロナ禍の秋葉原を歩く(動画付)
      ブロックチェーンと未来の痕跡
      ブロックチェーンと未来の痕跡

      実体験としての警察からのオタクの偏見、Amazonの危険性

      当時の背景を見ることのできなかった方々からすれば、オタク展を紹介する動画の中で私が言っている「オタクへの迫害」というのはちょっと大袈裟なのではないかという印象を持たれた方もいると思います。

      私自身も今の視点で振り返ると一緒の印象ですが、しかしそれは時間経過と変化を経た今だからこそ抱くもので、当時の環境では気が気ではなかったことも一方で記憶に刻まれています。ここではそう感じても仕方がないと思っていただけるような、過去の具体例を挙げたいと思います。

      より具体的な例としては、私よりもむしろ私の高校時代の友達の方がわかりやすい体験をしているのですが、その方の情報を詳細に書いてしまうのは迷惑をかける可能性があります。だからと言って背景を伏せて書いてしまうと、ここに載っている情報そのものの信憑性がなくなるので、大したことがないことだと思われても仕方ありませんが、COTA自身の実体験をここに載せたいと思います。

      警察の話を載せますが、前提として誤解してほしくないのは、少なくとも私は自分の住む地域の管轄の警察官からは大変良くしていただいています。例えば深夜に隣接するコンビニであまりにも煩くて寝付けない日々を送っていて、店舗や本部に相談しても解決せず仕方なく警察に相談したところ「遠慮せずちょっとでも気になったら気にせずに連絡ください!」と仰ってくれて、以来連絡すると自転車で5分以内に駆けつけてくれるくらいの暖かい体験もしています。

      しかしながら、だからこそ、別の警察署の別の課の話とはいえ、同じ私という人物であってもオタク的な面から見せた時にどういったことが起きていたのかという話としてここに手記を載せておきます。

      当時の手記

      2013年秋、住んでいた実家に「ある “おもちゃ”を買った人を対象に聞いている」と警察がやってきた。渡された名刺には「警視庁刑事部捜査第一課」の文字。聞けばその年の夏に、”おもちゃ” をつかって少女が被害に遭う事件が全く違う区で発生したらしい。現場にその手錠のおもちゃが残されていたという。

      しまっていた おもちゃ をみつけて警官に見せた。2009年春ごろに趣味でゴシックロリータのの撮影の話があったのだが、その時に小道具として買ったのがこの手錠のおもちゃだった。覚えている限りの事を話し、身長体重などを聞かれた。撮影の経緯等も聞かれ覚えている内容で答えた。

      私の部屋だけでなく一生懸命Macで画面を表示させてはパシャパシャと写真をとっていたので、事件当時のGPSデータを含む写真やログアプリ、さらには当日を知る人のことも情報になると思ってデータを差し出したが「それはいらない」と拒否されてしまった。ついでに判断材料にでもなればと思って声をかけたが、詳細も聞き入れない姿勢はいかに自分たちの軸で答え合わせの捜査しかしないのかと呆れた。

      同時にそれだけ効率を求めているのだろうと思いきや、わざわざ「ゴスロリとかの撮影で手錠って合いますかね?おかしくないですか?」などと詰め寄ってくる有様だ。ゴシックロリータも自己中傷や束縛と親和性が高いのは自分の中では前提としてあったので、不勉強にも程があると思ったが、これこそ人種が違う人にとっては難しいことだろうと苦笑いで流すほかなかった。

      被害者の方は可哀想だと感じるし、裏でこのような状況を書き綴ることさえ悪いと感じるが、そのおもちゃを買った都内の100人以上を聞いて回っているという。俺が当時知人の女性が変質者から被害にあって警察に届け出た時は、一緒に相談に行った俺が犯人として疑われ、その場も事務的で一瞬しか聞かれなかったことと比べてなんとも大違いだ。

      調べられているとき心の中ではそんなことを思っていたが、思っていたこと表情に出したところで何か自分に利点があるわけでもなく感情を持つだけ無駄だと思ったので、Macの画面の写真を撮るという不可解な行動を続ける警察と雑談を続けた。

      雑談を続けていて、その「東京都内の100人」が選び抜かれているような発言があり、それが販売店の話の中で話されていた。どこからその100人を選んでいるかといえば想像でも販売店の購入履歴が真っ先に思い当たるわけで、しかしそう考えるとレビューの多さを見ても購入されているであろう数に比べれば100人というのは少ない気がした。年代以外は事件で把握されていた情報と関連することも登録していないので、選び抜かれる中で心当たりがあるとすれば、それは前後に購入したものが関係していることになる。俺はこのおもちゃをAmazonで購入していた。

      そしてこのおもちゃの購入の前に、18禁ゲームを購入したことがあった。100人を絞り込まれているのだとしたら、おそらくはエロゲーの存在ということになるだろう。第三者への情報提供が規約上どうなってるかは知らないが、捜査の際も事前に顧客に声もかけず、殺人等の緊急性もないような事件で顧客の購入情報を警察が検索できるようにしていたと想像できる。そう考えていた頃には撮影も終わっていいたが、部屋で撮影しているものもそう言ったものを対象とされていたような気もする。

      終わり際に、もし犯人が逮捕・解決したら教えて欲しいと当然の要望を伝えたら「無理です」と一蹴された。断る理由を聞いても無視された。

      その後、そのことを話した友達から「これかな?」ともらった新聞社のニュースサイトに掲載されていた情報が警察が話していた事件の全くその通りで、やっと1年後くらいに事件の詳細と犯人逮捕を知ることになりました。

      ポケットに還った秋葉原、動詞化した「オタク」

      秋葉原はどうなったか。ここではこの展示やフォーラムの後といまを結ぶ秋葉原とオタクとその環境の変化のお話をしたいと思います。

      まずオタクという単語自体がより一般化しました。2004年当時は世間にオタクという言葉にネガティブなイメージがあり、オタクたち自身も若干自重気味に使っていました。

      当時「電車男」という2ちゃんねる(電子掲示板・匿名SNS)を元に書籍化したものが話題になりました。これはオタクとの恋愛を描くという当時としては新しい視点のものでした。しかし、この中で男の主人公は、女性と付き合うにあたってオタク的なセンスから脱する葛藤も描かれています。つまりこの当時はまだオタクはそのままの形としては認められ難いものだったといえるでしょう。

      ところがその後はややポジティブな意味合いさえ込めて広い範囲に使われています。この辺の「ポジティブ」や「ネガティブ」というものへの姿勢自体、「陰キャ」「陽キャ」といったキャラクターの分け方が生まれ、自嘲する者同士が結束し出すなど、人間関係の築き方そのものがややオタクよりにシフトしていったような気がします。

      さらに2024年現在は学生を中心に「オタクする」という動詞まで見受けられるようになりました。これは推し活などのイベント参加を意味することが多いようですが、中には趣味の買い物にも使われるケースまで見られます。

      そういった流れは、やはりインターネットの普及が大きいようです。趣味の情報収集も、購入も、作者をフォローして追うことも、スマホという板一枚でできるようになりました。

      2005年前後にはスマホも登場し、携帯電話・PCといったものがより普及していくことは見えていましたが、それによって行動様式が変わるだけでなく、人間関係の築き方まで変化を与えるというレベルまでくると詳細な想像は少ししづらかったように思えます。映像のフォーラムでは斎藤氏が「岡田斗司夫らが高度で洗練された文化的なものにした」と述べていましたが、ましてやオタクというものが「恥」どころかファッションになるまでに至りました。

      “隣の席の子が活発で面白いから私は引き立て役に回ろう”など。元々日本の場合は学校のクラスでもその人のキャラクターが形作られるように、ネットによってイメージとしてはクラスが巨大なものとなった部分もあると言えるかもしれません。

      かつてのメディアの主流はテレビであって、学校では特定の番組の話題でそのクラスが話題が持ちきりになるという状態がありました。それも配信サイト・配信アプリの登場などで容易に表現者(配信者・イラストレーター)になることが可能になると、さらに趣味・ガチ恋(恋愛)が細分化や多様化されていく中で、現実世界ではプライベートの領域と重なることで公開することを避けていく人たちも生じています。

      表現する人(中の人)の性別が表現する側の性別と異なるバーチャルライバーなどがわかりやすいですが、そういった表現側の影響から思想を持った平等教育的なものとは別に、自然と女性的・男性的な考えというものも変化が出始めているように思います。これはただ男女が平等になる方向に行っているというよりは、それだけではなく逆にドミナント・サブミッシブ(ドムサブ、飼う・飼われるという関係)のように見方によってはかつての姿に近いような方向に向いているものもあり、漠然とした印象ですがそれぞれが在り方を探っているような感じがします。

      「秋葉原」において言えば、この都市はスマホなどコンピューターの中心地(メッカ)でした。しかしそれが他の都市以上に対立関係となっているように見えます。多様化・細分化が進んでいったことで、自分の手のひらに自分好みの都市を形成していくことが可能になっていきました。

      当時の秋葉原では、今を上回る「やばい店」「ヤバい人」がいたように思います。でもその人が理解できずにヤバいと思う他人は、自然と視線を外してみて見ぬふりをしていました。どうしてかというと、自分もまたヤバい人のひとりかもしれないという認識があったからだろうと思います。

      人格が都市を作るというのは当時まさに最終形態のようなものに感じていましたし、そういった都市があちこちで展開されて増えるかもしれないという妄想もありました。しかし都市部に秋葉原を超える「趣都」は生まれていません。

      この人格都市が形成されたのは、前提の人々の共通認識として、「自分が自由にできるのは自由にさせてもらっている前提があるから」で「他人の自由を侵害しない」、「創作できる人へのリスペクト」があるということ。これが無いと、他者や一次創作者、あるいは細分化された人々を追い込む結果となるわけです。

      そういった認識が薄れてくると、ただのエンターテイメントとして新たな資本主義に消費されたり塗り替えられてしまう。資本主義的なものに移行すれば、あとは効率化の話になってきて、本来の色味が失われてくる。そうすると集う人たちも魅力を感じなくなります。

      秋葉原はオタクの人から見れば本当の廃墟になりつつあります。一方では海外からの旅行者・インバウンドには全く同じものが未来的に写っているようです。考えてみれば世界各地にある観光都市も、過去の文明をなぞるように人々は集っているものです。

      いま、あの時のオタクたちはその探究心を別の方向に向けて行ったり、クールジャパンなどの動きとともに秋葉原という自分たちの聖域が世界に共有されて認知されて変容していくことから逃げるように、散っていったのでしょう。

      ポケットの中にある端末は、これから自分の趣向の通りに見える世界に成長するかもしれません。そうして相手の容姿や喋ってることまで自分好みになるほど、都市などの公共空間は「普遍を教えてくれる存在」が色濃くなる。都市はより神聖な領域になっていくのかもしれません。この続きはいずれまた、

      爆破予告や警察の介入などを経てコミケを大きく育て上げた米沢氏と、ヴェネチアビエンナーレで日本館のコミッショナーである森川氏の対談

      自分の中であらゆることを見直すきっかけにしてくれたこのオタク展やフォーラムは、今でも趣味で思考したり仕事で発想するときの基準点となっていて、時を重ねるごとに強くなる感謝の思いがあります。ありがとうございます。

      2022年に亡くなられた 磯崎 新 先生、2006年に亡くなられたコミックマーケットを形作った米沢 嘉博 さんのご冥福をお祈りいたします。小さな小さな存在ですが、影響を受けた一人として、今でも心の中に生きています

      資料

      年表

      主に映像中に引用した音声に基づく

      1851年
      第1回国際博覧会(万博)が開催

      ロンドン。前身となる博覧会は1798年フランス革命の時期のパリで開かれたもの。

      1895年
      ヴェネツィア・ビエンナーレ(Biennale di Venezia) 第1回開催

      1896年
      [参考] 近代オリンピック第1回開催

      アテネで開催。国家に分かれて競い合う形式

      1933年
      タウトが日光東照宮を罵倒

      ドイツの建築家 ブルーノ・タウトが「日本インターナショナル建築会」の海外客員の1人として来日し、それまで主流だった日光東照宮的な建築を将軍芸術と呼んで嫌悪。桂離宮や伊勢神宮を皇室芸術と呼んで持ち上げる。

      1956年
      ヴェネチア・ビエンナーレに日本館がオープン

      吉阪隆正の設計でルコルビュジエの様式

      1960年代
      カウンターカルチャー

      1968年は、世界各地で暴動や大規模デモ、暗殺などの大事件が多発した年でこの時期は「1968年世代」と呼ばれることがある

      ヤノベケンジが生まれる

      大阪府茨木市。自宅近くの大阪万博会場跡地で遊び育つ

      1970年
      大阪万博

      日本万国博覧会。テーマ館展示プロデューサーとして岡本太郎を委嘱し、「太陽の塔」が建てられる。

      1975年
      コミックマーケット第一回開催

      旧日本消防会館ビル内の会議室。32サークルが出展し、参加者約700人。自立と分裂騒動を経て米沢嘉博氏が1980年〜2006年に代表を務めた。

      2013年夏に開催された「コミックマーケット84」ではサークル参加者数は約3万5000スペース、一般参加者数は59万人

      1983年
      中森明夫が「オタク」と命名

      中森はコラムニスト。「コミックマーケット」に集うSFや漫画・アニメなどの若いファン達がお互いを「おたく」と呼び合っていた現象を揶揄した

      1983年
      磯崎新建築「つくばセンタービル」竣工

      日本のポストモダン建築の代表的な作品

      1988年
      宮崎勤が犯人の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件

      マスコミによる「オタク」の印象操作が行われ、以後差別の風潮を作る

      1991年
      磯崎新指揮の「ビジョンズ オブ ジャパン」

      ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された日本紹介展

      1996年
      ヴェネチア・ビエンナーレ日本館「亀裂」

      阪神淡路大震災。展示責任者(コミッショナー)は磯崎新氏。

      2000年
      ヴェネチア・ビエンナーレ「少女都市」

      ヤマンバファッション・ガングロ。展示責任者(コミッショナー)は磯崎新氏。妹島和世氏も関わる

      2002年
      ヴェネチア・ビエンナーレ「漢字文化圏における建築言語の生成」

      森川嘉一郎氏の『趣都の誕生-萌える都市アキハバラ-』

      幻冬舎より刊行。2016年に精神科医の斎藤環が「21世紀の暫定名著」の一冊に選ぶ

      2004年
      松文館裁判

      成人向け漫画のわいせつ性をめぐる裁判

      2004年
      ヴェネチア・ビエンナーレ「おたく:人格=空間=都市」

      展示責任者(コミッショナー)は森川嘉一郎氏。精神科医の斎藤環が現代美術家の開発好明と共同作品「オタクの個室」を出展

      2005年3月
      東京都写真美術館で開かれたオタク展のフォーラム

      映像中に引用した音声

      2005年
      愛知万博

      2005年日本国際博覧会が開かれる。

      2005年8月
      秋葉原と筑波を結ぶつくばエクスプレス開業
      米沢嘉博記念図書館が開館

      2008年より、明治大学に新設された「国際日本学部」の准教授に森川嘉一郎氏が就任。中心となって推進してきた同館をオープンさせる

      ヴェネチア・ビエンナーレ建築部門の最高責任者に妹島和世氏

      コミックマーケットの写真

    • close-up photo of color pencil

      タイパを求め続けるとコスパが悪い

      コスパとタイパという意識をすることが当たり前の世の中になっています。なぜ無駄を残すのか?無駄を削ることが悪い面をもたらすこととは何かをお話ししています

      質問者さん
      質問者さん

      初めて選挙に行きました。余計な施設を廃止したり居眠りをしている議員を追い込める優秀な人に投票したのに、結果はずっと続けてる人が当選しました。どう考えても世の中が良くなる人に年上の世代が投票しないことに腹が立ちます。なぜですか?

      こた - COTA
      こた – COTA

      いまこの時の最適と未来の最適は異なります。いま見えている範囲だけで考えてその場その場で削ぎ落とすことだけをすると、効果が現れる数十年後に失うものが多すぎます。

      築いてきたこの国だからこその文化は簡単に作れないですし、未来を見ても何が新しい芽を育てるかわからない。一般的な会社の仕事のように今の最適化だけでは作れないと判断する人が多いのだろうと思います。

      それはタイパ(タイムパフォーマンス)主義でも言えるのではないでしょうか。極論を言えば人間そのものも無駄と見ることもできます。その場の最適だけを見ていると、長い人生の視点で見たら楽しめた無駄さえも一掃することになりかねない。

      そして幸せは自分の人生を自身を扱うから感じられるもの。あなたがこの時代を苦しいと思うのは、むしろ保護されてきたからこそ感じられるものかもしれません

      政治のお話での前置き

      人々の考え方も常識も変わる中で、政治に関しては特に変動することです。話題に取り上げたことでくるしめる人を産むことは、この場所を作っている私としては本望ではありません。そのため対立をすることも、逆に特定の人を支持することもしたくありません。自分と異なる意見を言われることで批判されているような気持ちが生まれてしまうかもしれませんが、反論をするつもりで書いているわけではなく、いただいた疑問に対するヒントになるかもしれない気持ちで書いていることをご理解ください

      「必要な無駄」がある?

      日本の議会で寝てしまうのはあらかじめ決まっていて、同じ質問について原稿を元に一言一句同じ答弁が繰り返されることにあります。だからと言って居眠りが良いわけでもなく印象が悪いことは事実です。ただ居眠りをしないとしても本質的な変化は望めません。

      つまり「大事な議会で寝る者は……」と結びつけるのは無理があるとも言えます。この日本の議会の構造の長所・短所については本題と離れ長くなってしまうのでここでは端折ります。

      税金を使って働いているのだからというのももっともです。一方で「とにかく目で見える範囲で何か動いていればいい」というのもまたブラック企業的であり、何かすることが余計に見出すこともあることもあるので寝ててもらってた方がいいくらいな人がいる考えもあります

      働きアリは怠け者がいる

      営利企業であれば能力者が重視され、無駄をコストカットするのは当然です。しかし行政は営利企業ではありません。

      加熱する営利企業同士の競争によって事故が起きてきたことは過去に色々とあります。そんな営利企業間の調整を行ったり、誘致をしたり安全や公平性を保つ役割が行政にはあります。

      そして営利企業と特に大きく異なるのは災害時です。こういった時は平時の何倍と人員が必要となります。そういった状況では普段あまり活躍しない人が、その間を埋めることになります。ある程度の余裕がないと、いざ災害・緊急時に詰んでしまい、新たな暴動や略奪などの混乱を生じさせる可能性があります。

      働きアリは全員が全力で働いているのではなく、怠け者が多くいるという研究結果があります。全員が全力ギリギリで働くのは平時では効率的ですが、緊急時は種が滅亡する危機があります。怠け者が緊急時に活躍することで補えることがあるのも事実です。そういったことは災害時の対応で実感したところがあるのかもしれません

      その場のコスパ・タイパで失う未来

      教育や政治は20年後、40年後を作るものです。築き上げてきたものを売り払ったり壊してしまうのは簡単ですが、何百年間の歴史の中で今だけが特別苦しい状況だと認識して実行してしまうと取り返しがつかなくなります。

      最近の苦しいと感じる感覚で一番可能性として高いのは、親や教師や仕事先で「私たちはいい時代だったけどあなたは大変な時代に生まれた」「あなたたちは未来が苦しくてかわいそうだ」と育てられ、自然と今が苦しい時代なのだと思い込まされていることに思い当たることはないでしょうか?それ自体はあなたを思いやる優しい言葉だったでしょう。ただしそれも積み重なれば暗示のように不幸だと信じ切ってしまいます。その劣等感の気持ちをうまく利用するリーダーが現れれば結託したくもなるものです。

      翻ってみれば、 人間一生分(約80年)の人生にも満たない今から数十年前では日本でも戦争があり、また明日の日の食糧もありつけない日が続いていました。今のあなたは明日の食糧に困るほど苦しいでしょうか。もし食料にありつけない場合は行政へご相談いただくと解決できることがあります。過去の苦しんだ時代は、行政も手を差し伸べてくれることもありませんでした。盗んででも生活しないと生き延びられないわけです。

      誰が悪いではなく、何が苦しくさせているかを見定める

      確かに今の情報化時代はその時代とは異なる苦しみはあると思います。そんな情報の時代はあなたにとって今こそが苦しい時代かもしれない。ただ受け身で誰が悪いんだという情報で混乱させられるのではなく、その苦しさの原因である「何が苦しくさせているのか」を見定めないといけません。過去や他人の責任にすることは簡単ですが、それでは根本的に解決にはなりません。

      「どうしても誰かが悪い」を決めなければいけないのだとして、実は情報を選ぶあなた自身の判断(受け止め方)や能力に原因がある場合もある、そういう方向の考え方もできると思います。

      その場だけのコスパ(コストパフォーマンス)・タイパ(タイムパフォーマンス)は気になりがちですが、自分自身が可愛くて今の時代を最優先にするとそれは未来に借金をするのと変わらない面もあるかもしれません。

      数十年後の自分が絶対にこうだと言い切れる人はいません。未来は必ず自分に可能性として返ってきます。そのために未来を見て判断することが求められるのかなと思います

      あなたの感じる無駄は誰かにとって必要なもの

      そのことと関わっていることとして、今現時点で「無駄」と言われることも、続けていれば財産になる可能性があります。それは例えば誰でも見ることのできる美術館があるかどうかで変わるものもあります。

      なかなか受け止めることが難しい人もいるかもしれませんが、世界には言語思考の他に視覚思考があります。これは文字で全てを説明するのではなく、目で見たもので判断したり思考することをメインにしている人たちが存在します。クリエイティブで評価されているように日本はその割合が特に多いようです。

      美術館なんかなくてもネットで見ればいいというのは言語的な判断では正解であっても大きな見落としがあって、視覚思考の人が時代や立地を超えて得られる貴重な場所だったりするわけです。日本は地方に行っても美術館や世界一多い水族館、博物館が当たり前のように街中にあるのでなかなか気づきづらいかもしれません

      日本のアニメキャラが世界で宝物にされる背景

      またそういった環境が整備されて時間が経ってクリエイターが輩出されます。その人たちはその土地固有の創作物をもたらします。まさに今の日本のアニメや漫画などさまざまな分野で活躍し、世界で評価されている人たちです。

      誰かにとっての無駄とおもえるものは、むしろ財産を産む金脈だったりする。それが間接的にあなたの生活に潤いをもたらす可能性を秘めている。そういった視点の見落としもあるかもしれません。

      「できる議員」だけで固められた行政の恐怖

      ジョンエフケネディがアメリカの大統領になった1960年台に、過去の汚れた政治を一掃して優秀な人だけで集めた政治でアメリカを栄光の国にしようという流れがあった。

      その時は結果的にどうなったか。それはプライドが高く結果的にミスを認めることもなくお互いを庇い合う結果を産んだわけです。すると優秀な人だけが豊かな世界になってしまう。

      多数の意見が優先されるのが資本主義とはいえ、その政治への参加にも孤立をもたらしていくのは閉鎖的で取り返しのつかない結果を生む。そういった見方もできるかもしれません。

      日本の議会特有のもの

      そして現在の日本の政治体制として、トップがどんなに正義感のある目新しい方針を目指しても、それを決める議会では通らないことがある。トップは長年続けられてこそ、その人の方針が通るようになるわけです。すると現職の人が有利になります。

      これは一見すると悪い面だらけのようですが、あまりにその場その場の改革を行いすぎるとどうなるか。それは上記で述べたとおりです。

      対立を煽る存在に気をつけたい

      何か抱かれた疑問へのヒントになればと思って書いているため対立したような内容に感じられるでしょうし、少し視線を逸らしたくなるようなものだったかもしれません。答えとしてはこういった理由で多くの人は現状維持を望んでいる可能性があります。

      年齢関係なく社会経験を積んでくると、集まりや会社の中に今までのことを非効率を理由に否定して改革を訴えて環境を破壊する人というのが一人くらい出会うことになります。そういった苦い経験から、継続ができない候補者を信用できないとなるのも不思議はありません。

      なんであっても興味関心があることは大切で、選挙に興味をうむけられていることは立派です。ただネットの情報化時代、断片的な情報だけで鵜呑みにせず。選挙の時だけではなく日頃のことも発信者・メディアに惑わされずに継続して見て自分の言葉で説明できるようにいろんな方向に理解を重ねていくことが大切と思います。

      いろんな人の気持ちに心を重ねてみて、翻って自分がどこに票を投じれば自分や未来に希望が生まれるか。世代間で対立意識を産んでも、結局は自らも失うもののほうが大きいかもしれません。

      政治関係なく気をつけてほしいこととして、今の他人だけでなく他の人が作り上げてきた「過去」「現状」などを含めて対立を煽って共感を得ようとする人は警戒しておくと身を守れます。その口調が直球であろうと、間接的にオブラートに包んでいようと、リーダーを務める人は他人や過去の他人の功績を見る暇はなく、この先をどうしたいか・どう考えているかを見ています。でも人間は悪口に吸い寄せられてしまいます。わかりやすいからです。

      気になる候補者がいて、具体的にどういう方法を持って次の世界を作ろうとしているのかを見る。もしかしたらその人は批判や団結は一流でも、その視点で見たら空っぽだったりしないでしょうか。破壊することまではいいとして、もしその先に具体性がないのであれば未来は悲劇です

      自分の人生は自分で扱えてこそ幸せを実感できる

      基本的に人生は何か困難にぶつかったり、事故から身を守るには自己責任です。国外と比べても仕方ありませんが、日本では多くの場合、国民を保護し救済するようにできています。公務員の不正を暴き、理不尽さは是正していくように見ていかなければいけませんが、いつだって政府や行政が助けてくれると思っている考えこそ危険です。それは他人・行政・学校に期待しすぎです。

      あなたの人生をあなた自身が制御することで、あなただけの幸せは生まれると思います。そう考えると今感じるその苦しさこそ、自分で人生を制御できていないからこそ感じるものであり、政府や行政への期待こそが自らを苦しめていると言えるかもしれません。

      あなたもまた歳を重ねて死にます。そんな時に今度はあなたが若い世代から追い詰められる側にならないように。数十年先を見ていると心の軽くなる世界を作れるかなと思っています

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