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2024
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花の家

雑草の除草をした後のゴミ袋は小分けにして門の前においておけば小平市が回収してくれるそうだ。前回まではそうではなかったのだが、計らってくれたのだろう。ありがたい。 庭は除草後に獲りやすくなる虫を求めた鳥たちもいなくなってしまった。代わりにすごく多い蚊の量だった。ベランダで新しいチャンネルを紹介する場面の動画を撮った。カメラのバッテリーを1つしか持っていかなくて残り7%とギリギリだった。 まだまだ暑さは残っていて、1年のうち半分は暑いと感じるようになってしまった

(No title)
ケーブルカー

津軽線とわんタク(デマンド型乗合タクシー)で龍飛崎へ。 津軽線の本数が少ないので朝早めに出発したが、おかげで龍飛周辺を楽しめた。津軽線は空席がある程度あるくらいで想像よりは乗っていたのは休日だったからだろうか。しかし2時間おきという1日の本数を考えれば利用者も少ない現実が見えてしまう。蟹田から接続する代行バスや乗合タクシーの本数はさらに少ない。 蟹田駅に着くとわんタクの方が電車で到着した人達に名前を呼んで利用者を確認していた。10人乗りくらいの車で向かう。JRの代行を兼ねているのでSuicaなどICカード決済に対応している。料金も500円と格安になっているのは自治体やJRからの支援もあるのだろう。 しかし青森から蟹田までのJRの電車が40分弱と短く、そこから先のタクシー・バス区間が長いため、やっぱり津軽線で行けたらよかったなと思ってしまう。結局は昔も三厩駅からバスに乗り換えていたわけだが。もうほぼ三厩〜蟹田は廃止が決定されたと言ってしまっていいだろう。自治体も合意したようだ。奥津軽いまべつ駅で5分の休憩が入った。三厩駅前でも少しだけ停車した。 このわんタクは途中の停留所のほか、経路上を指定すれば任意の場所で降りられることが特長。自分は竜飛埼灯台手前の青函トンネル記念館を校舎場所に設定し、青函トンネル記念館を見た。竜飛斜坑線(もぐら号)で海底へ。こちらは北海道新幹線が開業する前は龍飛海底駅に止まる電車と連絡していた。 しかしそれも新幹線開業で遮断されてしまい、今は記念館に戻る形になっている。そういったこともあってか、コロナ禍の影響もあってかこのケーブルカーは一時的に閉業に追い込まれていた。それをクラウドファンディングの支援で継続して運営されている。ありがたい。 青函トンネル記念館の併設のレストランで食事をとって周辺を散策した。誰もいない展望台に行った。展望台も良かったが、その下からの海や龍飛先灯台の景色が良かった。天気も快晴。灯台にあるボタンに触れると流れる石川さゆりさんの津軽海峡冬景色の歌がわずかに聞こえてくる。ツリガネニンジンという植物を見つけた。これは花の家でおじいちゃんが植えたツリガネズイセンに近いかたちをしていたが違う種類のようだ。 龍飛先灯台の近くの乗り場からわんタクで蟹田駅に戻る。帰りは利用客多数で2代の中型の車と1代のタクシーが代走する形になったようだ。自分はタクシーに乗る形になった。 蟹田駅に着くと駅員さんが声をかけてくれて電車の入線時間を教えてくれた。カメラを手に持っていたからかもしれない。改札時間は終了するから中に入ってもいいよと優しかった。津軽線で海と夕陽を眺めながら青森へ。乗り換えて新青森から帰宅した。

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庭

盛美園や弘前城をめぐった。天気は雨予報が晴れになった。 新青森駅から奥羽本線で弘前、弘南鉄道を乗り継ぎ津軽尾上駅から歩いて盛美園へ。弘南鉄道は車両も変わらず、暑い日となったが非冷房(扇風機のみ)だった。ただ平日の日中でもお客さんは多かった。 盛美園隣接のレストランでえび丼を食べる。観光客向けの道の駅と地元食堂の中間くらいの位置付けでとてもいい雰囲気のお店だった。ちょうど自民党の総裁選をやっていて、店員さん含めみんなテレビを見ながらそわそわしながら過ごしていた。盛美園も12年ぶりくらいで懐かしい。盛美園そのものは草が生い茂っていた部分や立ち入れない箇所が増えていたものの、隣接する公園で草木の手入れをしていて綺麗に整えられていて安心した。 津軽尾上から弘前城方面へ弘南鉄道と循環バスを乗り継いで向かう。弘前城の公園でくつろいだ後は旧弘前市図書館とミニチュアを見てお土産やさんを見る。弘前駅前のミスタードーナツで時間を調整して奥羽本線で青森駅に戻った。奥羽本線は秋田からくる乗車する電車がシカと衝突して20分ほど遅れて到着した。

(No title)

友達と蒲田駅で会って西口から東急の高架下伝い(くいだおれ横丁・バーボンロード)に池上線や多摩川線の電車を見ながら将来の蒲田付近の構想を話しつつ矢口渡方面へ。池上の居酒屋(鳥貴族)で人生相談を受けるなど。池上線に乗って蒲田で解散した

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お盆

花の家で送り火をした。昨日は台風で電車が止まるかもしれないというアナウンスがあったため、1日家にいた。今日は台風が過ぎ去り晴れたため花小金井へ。ここ数年はターミナルにタクシーがいること自体が珍しいが、今日は何台か止まっていたのでタクシーで近くのコンビニまで向かった。 去年はセミが7月の中旬、サンバ祭りの前後には収まっていたが、今年は鳴き始めが遅く今日も何匹かのセミが鳴いていた。ツクツクボウシの声が聞きたかったが、残念ながら今年は遭遇できていない。蝉の声がおさまり、バトンタッチするかのようにひぐらしが鳴き始めるころ準備ができて火を焚いた。無事に送り火ができてよかった

(No title)

友達と2004〜5年のヴェネチア・ビエンナーレのおたく展(凱旋イベント)の話を中心に、昔のインターネットやコミケ(コミックマーケット)の雑談を記録した。近くのスーパーまで買い出しに行き、後輩と合流し、お寿司を食べた

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お盆

花小金井駅前のいなげやでキュウリとナス(米なすになってしまった)を、中央フラワーさんでお花を調達し、お盆の迎え火を花の家で行った。セブンイレブンで買ったおじいちゃん、おばあちゃんと俺の三人分の水を用意して飲んだ。去年は7月の花小金井駅前のサンバの時期に鳴き終わっていたセミがようやく今になって鳴きだし、映像の記録で撮ることができた。ちょうど送り火をやっている途中で、田無タワーに明日の天気を知らせる光が灯った(ピンク色=晴)。 去年同様、おじいちゃんとおばあちゃんに手紙を書いて、椅子の上に置いておいた

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コミケ

コミケ(コミックマーケット)でサークルの制作物の手伝いはしていたものの、コミケ自体に久々に足を向けてみた。特に何をしに行ったわけではないが、記録を主として。国際展示場駅から会議棟に渡るデッキで環境保護を掲げているとみられる人が活動をしていたのが目障りだった。部分の問題だけ切り取ったことを問題として環境を理由に叫んで全体を考えずに思考を止められる人たちのことを羨ましく思うこともあるが、場所が場所だけにまるで表現の自由を理由としているような感触もあるのが、この場を守り抜いてきた人たちを踏み躙るようできつい。 一般参加者をみるにマナーはとてもよく、日本人の参加者は相変わらずあれだけ多いのにも関わらずシーンとしていてコミケの空気を保っていたのが安心できた。東北を通った台風のおかげか風があり気温よりも過ごしやすかった。コミケスタッフは饒舌なアプローチの人は見かけなかったのは寂しかったが、帰りの新橋までの東京BRTではサービストーク…というよりも客の視点というよりは運転士の自分語り的な愚痴を聞けたのは(異質だが)似ている感じもして、最後は客から拍手があったのは形ばかりとはいえ昔ながらで良かった。 コミケに行くと疲れを感じないのは、自分がかつてしてきた体験がまさに戦だった証かもしれない

(No title)
(No title)

お盆を前に小平聖地公園セントソフィアへおじいちゃん・おばあちゃんのお墓参りをした。花の家では近隣の家にかかる雑草を最低限だが少し刈った。日差しが強く日焼けした。木なんか全部刈ればいい、家もどんどん解体したほうがいいという話を黙って聞いていた。歯を食いしばっていたので深夜まで頭痛が続いている

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