西東京(田無・ひばりヶ丘)
COTA
この場所の訪問記録
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COTA西武鉄道 椎名町駅・中村橋駅・ひばりヶ丘駅・清瀬駅 開業100周年×4駅 改鋏ラリー。切符もQRコード読み取りやチケットを見せる形式で対応も大変そうだったが西武鉄道の駅員さんが皆優しく、撮影についても協力的で嬉しかった。清瀬駅は出札窓口が自動改札と別にあるため係員用の通路を通る扱いになっていて面白かった。池袋線の列車接近案内装置が「黄色い線」が「黄色い点字ブロック」に・英語放送付きの合成音声にリニューアルされていて、新宿線も声優の声から更新が近いのかもしれない
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COTAこのコンテンツを書き換えてHTMLタグを保持します 偶然を楽しめる心。それが幸せに満たされるため、周囲を幸せで包み込むために必要な鍵なのかもしれません。 この花小金井の地を、埼玉から移り住んできた祖父の先祖は開拓しました。駅前にある圓成院と言う、元は国分寺のお寺が中心となって進めたそうです。ここもお花が綺麗なお寺です。 何かの縁があってここに移り住み。そしてこの場所に集中的に桜の木が植えられた小金井公園という場所が造られたのも、突き詰めれば偶然の巡り合わせなのでしょう。 生活は相当に苦しかったといいます。祖母曰く「とても今の人に言える生活じゃない。人の糞尿にまみれながら作物を作った。肥料が都心から来ることさえありがたくて仕方なかった」と。駅を通っている西武鉄道。これは一時期、都心から肥料を運ぶ大切な役割があったそうです。そうして出来上がった農作物は、食糧危機の時代には都市部の人が訪れ買い求めたといいます。 農家にとって「桜」は穀物の神が宿る特別な木だったそうです。田植えや種まきの目印とされていたためなのでしょう。農家の苦労が多いゆえか、花見の時期のお祭り騒ぎは、暴れる人も多くて凄かったそうです。 花が大好きだった祖父、祖母はその影響を受けてか毎年の花見を楽しみにしていました。祖母の足腰が悪くなってから、私はタクシーで祖母を花見に連れていくようになりました。 祖母は今年の正月までの入院を経て、「もう私は歳をとったのだから、世間のご迷惑にならないように大人しく黙って生きるべきなんだ。花見なんかしちゃ駄目だ」と言っていました。 それでも行きの道で見た桜を見てタクシーを配車することにしました。 俺をそうさせてくれた理由があるとしたら、あなたがこりかたまず、外から来る偶然を楽しめる心を持っているからです Youtube 登録:https://www.youtube.com/c/CotaJp?sub_confirmation=1 メインサイト:https://cota.jp Twitter : https://twitter.com/co_ta Instagram : https://www.instagram.com/cota ▼ 「生きている人、いますか」シリーズとは 生き方のブイログ。友達になって欲しい……なんて無責任なことは言えないけれど。悲しい時もつらい時も、生きるという散策を共にしませんか? #花見 #花小金井 #桜 #ブイログ 00:11:23 – 2021-06-20 18:30:05 – 参照元:Youtube
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